短信  (災害は人を差別する)

hippydonky212005-09-03

読売新聞より
ハリケーンカトリーナ」に襲われた米ルイジアナ州ニューオーリンズが略奪の横行や救援の遅れで混乱を深めている。「まるで市街戦」「途上国の難民キャンプ並み」と表現される第二波の嵐は、米国の貧困と人種間格差の問題を表面化させた。

 州都バトンルージュの郊外に設けられた赤十字の救援施設で、ニューオーリンズから夫と逃れてきた福祉団体職員リリアン・フラビンさん(65)は「打撃を受けているのは貧しい人ばかり。彼らは家を失い、絶望している」と顔を曇らせた。

 フラビンさんの仕事は近所の貧しい人たちの支援。大半は黒人で、脱出する車もなく、市の避難命令を無視したという。毎月1日支給の生活保護をあてにしていたという見方もある。

 他の施設と同様、ここに身を寄せたのも大半が貧しい黒人たちだ。白人のフラビンさんは「見れば分かるでしょう。私たちは浮いている」とこっそり漏らした。

 ジャズ発祥の地ニューオーリンズは、黒人と貧困の街でもある。19世紀には米国最大の黒人奴隷市場があり、今も46万人の人口の3分の2が黒人だ。貧困層の割合は全米平均の約2倍で、両者は密接に重なる。貧困層は市内でも水害に最も脆弱(ぜいじゃく)な地域に暮らしていた。

 一方、白人の多くは事前に退避した。ニューオーリンズ郊外で会った1人は、大破した自宅を前に「これで寝室が造り直せる」と語った。白人の中間層は、保険をかけているから住宅損壊も黒人ほどにはこたえない。「災害は人を差別する」という言葉は今回のハリケーンに最も悲惨な形で当てはまってしまった。

弱肉強食。徹底した競争社会の元で自由競争の社会が反映した場所で、露呈したやるせない状況。
そして太平洋を隔てた国で、アメリカ標準を目指す社会の喉元に突きつけられた刃は、今までは鞘に収まってはいたけれど、今まさに我々は抜こうとしてしまっているのでしょうか。
ネットの世界を浮遊する人々の指向は、04年4月以降、おそらくかつてのようにいじめっ子に立ち向かう正義漢を応援する社会なのではなく、判官贔屓の美学すら失い、みんなが徹底的に勝ち馬に乗ろうとして右往左往している状態が続いていて、それに引きずられるようにして、現実な社会をもそうなろうとしているのでしょうか?
これから起こるかもしれない地震災害に際して私たちはもうそれこそよき日本を取り戻せるのでしょうか。もう半分あきらめかけてはいます・・・。
悲惨な世界にとまどいながらも、いまマスゴミが闊歩する世界を離れて横文字の世界に潜っています。


フランスのパリでは古くて安いぼろアパートから住んでいる人たちがパリ市当局によって追い出されています。防火設備のないボロアパートは、火事によって人的被害が多発しているからです。しかしそこに住む人たちは移民の貧しい人ばかり。替えの住宅も用意できないまま追い出される住民たちにとっては、人権に名を借りた反移民政策の様相を感じたとしてもわからないことではないでしょう。本当の火薬の導火線はアラブにあるのではなく、先進国のうちに密かにはぐくまれているのです。