子供が子供でいられる時間

「さよなら母さん!涙の別れ!!完全密着810日激闘大家族!3男4女8人…新たなる旅立ちスペシャル 大反響・あの涙の再会から半年…ついに両親が離婚…15歳長女涙の決意…お母さんになってやる…”女子高生主婦”奮闘&涙で迎えた母の日…▽緊急事態…父の身体に異変」(TVガイドより)

上記は昨日金曜日の19時のTBS系列で放映されたテレビドキュメントの表題です。
30分くらいの流し見でしたのでいい加減ですが、用は7人兄弟の15歳の長女が離婚していなくなった」母親代わりに奮闘するというものです。
炊事洗濯から弟妹たちの面倒までわずか15歳の女の子が毎日しているという普通なら涙ぼろぼろで見てほしいい意図のありありの番組でした。どこの局も年に何度か必ずやる大家族シリーズの1つで家族愛、兄弟愛に満ち満ちたものです。
大家族は親たちの野放図な性生活ゆえじゃないか。子供には迷惑さ、と斜めに構えていますので、ほとんど見ることはないのですが、今回わずかながらに見た限り感じたことがありました。
もちろん家族愛や兄弟愛は美談仕立てにしなくても、誰でも求め、感じたいものです。
しかし「お母さんになってやる」というけなげな15歳の女の子を見るにつけ、これだけはいいたかったのです。
つまり


子供が子供でいられる時間を大切にしてあげたい、と。


子供時代は大人の損得とは無縁の非生産的な社会です。その社会で見つける何物かが必ずその人の生き方に幅を与え豊かにしてくれると、思っているからです。親に甘えることでしか得られない、自分が愛情を得られる存在であることの確認と、その愛情による充足の日々も。
確かに彼女は大家族の中で兄弟愛に満ち溢れ、思いやりあるすばらしい人になるに違いはないでしょう。でもそれは他人に都合のよい人間です。本当にそれでいいんでしょうか。やっぱり疑問符が打ちたいのです。


いろいろな事情で児童施設で暮らす子供たちには大家族のような生活だと思います。しかし彼らは少なくとも寮母さんたちの世話である程度の身の回りの世話から開放されています。かえって親がいるがゆえに彼女は献身的に働きすぎるのです。
児童手当が削減される世の中です。しかしせめて中学卒業までは介護現場のようにホームヘルパーを派遣できないものでしょうか。(当の彼女は卒業したようですが)
けなげな15歳を見るにつけ、そう思うのです。


バングラデシュのじゅうたん織りの子供たちやネパールの債務奴隷の子供たちの労働はもちろんのこと、世界的な児童労働は国際的な協力でなくさなければなりません。しかし日本がその豊かさを誇りにするなら彼女の子供の時間が大切にできないはずはない。そう願ってやみません。