短信  (強姦魔の論理)

Sanki Webより
 今年1月の大学入試センター試験の世界史の問題で、第2次大戦当時の言葉としてはなかった朝鮮人の「強制連行」を確定的な史実として出題したことに抗議するシンポジウム「裁判だ!訴えるぞ 2004〜こんなセンター試験もうイヤだ!朝鮮人強制連行なんてなかった〜」(早稲田大学国策研究会主催)が6日、東京都新宿区の早稲田大学で開かれた。

 パネリストで「救う会」副会長の西岡力氏が「当時は労働力不足。望んで日本に来た人も多く強制はなかった」と指摘。藤岡信勝・拓大教授も教科書に「強制連行」として掲載された写真が「壮行会」の写真だった例などを挙げ「強制連行は80年代に一部マスコミが使うようになった、奴隷狩りをイメージさせる糾弾のための言葉。そうした奴隷狩りはなく、試験問題に出してはいけない言葉だ」と批判した。

スーパーフリーの和田容疑者に懲役14年の実刑が下ったのはついこの間のことです。
強姦魔が被告人になったときの弁解はこのようなものではないでしょうか。
相手の女性とも合意の上だった。
相手が誘うようなふりをした。
いやだといっていたが最後には自分から積極的に受け入れた。
この場合のやめてはただの言葉遊び。等々。
和田のような酔わせて無抵抗な女性を襲ったのでないなら、いつもこんな弁解がきっとその強姦魔から聞かれるでしょう。
そしてそのとき我々はその強姦魔のいいわけをどう聞き入れるのでしょうか?

他国を侵略することはどんな理由があれ強姦魔と同じなのではないですか。朝鮮人強制連行も同じ文脈でとらえるべきでしょう。被害者が黙れば次なるターゲットを探し、運悪く捕まればくだらないいいわけを並べる。強姦魔の論理をいつから我々は受け入れ、その手先と化したのでしょうか。イラク戦争で再び繰り返される強姦魔の論理を公の場で恥ずかしくもなく口にする人たちの存在は、国際社会の中で日本の発言力を弱めこそすれ、彼らが望む強い日本など永遠にできやしないでしょう。もっともその方がいいんですけど、ともかく強姦魔とその協力者には素早く退場していただくしかありません。それが国益なのですから。


早稲田が再び強姦魔の手先となっているなんてもう皮肉を通り越して笑うしかありませんが・・・。